健康について日本人が敏感になり始めて何年くらい立つでしょう。
もうテレビで健康といった言葉を聞かない日はないといってもいいくらい健康について語られています。
プロ野球のピッチャーだったりサッカー選手だったり、スポーツ選手というのは非常にその選手寿命というものが大切な人たちです。毎週、毎日カラダを酷使しているためその選手寿命というものを削りながらプロとしての人生をマットしているのです。つまりカラダを削って生きているということになります。通常のいのちの寿命にどれだけ影響があるかはわかりませんが、プロとして選手生命が日々短くなっていいっているのは間違い有りません。
言い換えてみれば耐用年数があるということになりますね。私たちのカラダはスポーツの選手とは違いますが筋肉や骨、視力や聴力などそれぞれ耐用年数があることは段々と知られるようになって来ました。特に視力に関しては現代人の目にとっては過酷な時代ということができます。
例えば小さい頃からゲームをしていることが挙げられます。長時間テレビゲームをしているとまだ成長しきっていないカラダに大きな負担がかかることになりますね。ですから小学生があまり筋力トレーニングをしてはいけないといわれることがありますがまさにこのことなのです。ところが視力、つまり目についてはどうでしょう?ゲームは瞬きをしなくなります。しかも長時間まばたきをしないと目が乾きますから、次のまばたきの瞬間に瞼の裏側で赤く膜が傷つけられることになるのです。もちろん幼少期のリスクとしてゲームばかりでは有りません。テレビを長時間見ることもあります。よく子どもがまばたきをしないで口をぽかんと開けたままテレビを見ていることがあります。これもゲームと同じく目にとってはスポーツ選手と同じトレーニングや試合をしているといっても過言ではないでしょう。
それ以外似リスクは何があるでしょうか?現代の近代化によってビルが立ち並ぶことが多くなり、首都圏や地方都市でも遠くを見ることが少なくなってきています。つまり視力を調整する筋力が衰えてきているということができます。また目に必要な栄養も食品から摂取することが難しくなってきていることも挙げられます。なぜなら現代の農地には栄養素が農薬によって失われてしまっているからです。化学肥料を使えばいいと思うかもしれませんが、しぜんなじょうたいではありませんから結局土地は痩せていき、そこでできる野菜や農作物などが昔よりも栄養を含んでいないものが出来上がることになります。
もちろん勉強はしなくては自由な人生を手に入れることが難しくなる可能性が高まりますから勉強はしたほうが良いでしょう。しかし視力という5感の一つを失ってまでどんな自由を手に入れることができるのでしょうか?